西城秀樹さんの葬儀・お別れの形 | ヤングマンの曲で盛大に見送られて

カテゴリー 葬儀のかたち

脳梗塞を何度も発症しながら、リハビリを続けては繰り返しファンのもとへ帰ってきていた西城秀樹さん。
享年63歳で脳梗塞からの急性心不全で逝去されました。
そのお葬式は会場をスーパースターらしく派手に装飾し、1万人を超える多くの関係者とファンに見送られる破格のものでした。
この記事では野口五郎さん、郷ひろみさんの弔辞、そして話題になったバーモントカレーの会葬御礼などお通夜、告別式の様子を詳しくご紹介します。

西城秀樹さんのプロフィール

西城秀樹 本名・木本龍雄(きもと たつお) 歌手・俳優
1995年 広島県生まれ。
1072年「恋する季節」でデビュー。
1973年「情熱の嵐」が大ヒット。
1974年「傷だらけのローラ」でNHK紅白歌合戦に初出場。NHK紅白歌合戦は1974年から1984年まで11年連続出場。その後1994年の10年ぶりの出場後、2001年までにさらに7回出場。
1979年28枚目のシングル「ヤングマン(Y.M.C.A)がミリオンヒット。日本歌謡大賞などを受賞。
歌手として郷ひろみさん、野口五郎さんとともに「新御三家」と呼ばれて活躍。
俳優としてはTBS系ドラマ寺内貫太郎一家、映画「愛と誠」ほか、舞台にも多数出演。
2001年 一般女性と結婚。2002年に長女、2003年に長男、2005年に二男が誕生。
2001年 脳梗塞を発症(この時の発表は「二次性多血症」)
2003年 脳梗塞で入院。軽度の言語障害の後遺症は残ったものの、復帰。
2011年 脳梗塞再発。退院後、リハビリに励んでいた。
2018年4月 栃木県足利市の「同窓会コンサート2018 in足利」に出演が最後のステージ。
2018年5月16日 急性心不全のため逝去。(享年63)

西城秀樹さんの最期

2001年6月に結婚された西城秀樹さんですが、秋に初めて脳梗塞を発症しました。
妻の美紀さんが第1子の妊娠中でもあり、事務所の判断で他の病名を公表していました。
2003年6月に2回目の脳梗塞で、軽度の言語障害の後遺症が残ったものの復帰。
しかし以降も繰り返し発症し、2023年の発症では右半身にまひが残りました。
懸命にリハビリに励んだ壮絶な闘病生活は、17年に及んでいました。

そして2018年4月25日、西城秀樹さんはご家族との夕食後、けいれんを起こして救急車で病院へ搬送。病院では「脳死の可能性が高く、1週間の余命」と宣告されました。
妻の美紀さんは「信じられませんでした。戻ってきてほしくて、病室で秀樹さんのヒットメドレーをかけました」と後に語っています。

しかし3週間後の5月16日、西城さんは横浜市内の病院で、ご家族に見守られながら旅立ちました。

2019年2月に妻の美紀さんが「蒼(あお)い空へ 夫・西城秀樹との18年」を刊行し、症状や闘病生活そして最期の3週間について明かしています。

西城秀樹さんのお葬式

青山葬儀所での盛大なお通夜

2018年5月25日、西城秀樹さんのお通夜が東京・青山葬儀所で営まれました。
お通夜は午後6時の開始で、郷ひろみさん、野口五郎さん、和田アキ子さんなど歌手仲間や芸能関係者が約1500人弔問し、焼香しました。
またファンも約2500人訪れるなど、あわせて約4000人が訪れるお通夜となりました。

翌日の告別式も同じ場所を予定していたため、お通夜から告別式仕様で会場が整えられていました。
青山葬儀所のエントランスで飾られた大きなパネルには、西城秀樹さんを中央に野口五郎さん、郷ひろみさんの3人で撮られた「新御三家」の姿が。
また式場の入り口横には、西城秀樹さんのみのパネルや手形、サインも展示されていました。

大阪球場のコンサートを再現した祭壇

阪球場は西城秀樹さんが1974年「ヒデキ・イン・スタジアム 真夏の夜のコンサート」を開催して以来、1983年まで毎年コンサートを開催していた場所です。
その野外コンサートを再現したというド派手な祭壇は「スーパースターらしい」と話題になりました。

緑とスプレーマム(スプレー菊)でスタジアムの外野スタンドの観客席を再現し、ちりばめられた赤やピンクのバラの花で観客を表しています。
グラウンド部分はエキゾチックなアルストロメリアやトルコキキョウ、胡蝶蘭などで、棺の周りを彩っていました。
そして生前、西城さんが愛用していた専用の白いマイクとマイクスタンドも置かれて、約1,000本もの花やLEDライトで華やかな祭壇は圧巻でした。

バーモントカレーの通夜振る舞い

お通夜開始前の控室で、西城さんのデビュー曲「恋する季節」をはじめ、「情熱の嵐」「傷だらけのローラ」「ヤングマン(Y.M.C.A)」「ギャランドゥ」などのヒット曲が流されています。

会葬後の通夜振る舞いでは、すしやお酒とともにバーモントカレーが振る舞われました。
1973年から1985年までハウス食品のバーモントカレーのCMに出演していた西城さんの姿を、「懐かしいね」と多くの著名人たちがカレーを味わいながら偲んでいたそうです。

通夜振る舞いは、お礼の気持ちと故人への供養の一つです。バーモントカレーが選ばれたことに、感動や称賛の声が広がっていました。

お通夜の主な参列者

野口五郎、郷ひろみ、和田アキ子、五木ひろし、岩崎宏美、岩崎良美、荻野目洋子、研ナオコ、神野美伽、天童よしみ、尾藤イサオ、辺見マリ、増田恵子、松崎しげる、森昌子、八代亜紀、山本リンダ、梅沢富美男、浅田美代子、小川知子、岸本加世子、鈴木杏樹、藤原紀香、萬田久子、石橋貴明、神田うの、榊原郁恵、清水アキラ、デーブ・スペクター、青木功、丸山茂樹、林亜星氏(順不同、敬称略)

1万人以上の人々が訪れた告別式

平成30年5月26日、お通夜の翌日に告別式が同じ青山葬儀所で、午前11時から執り行われました。
芸能関係者などの会葬者とファンをあわせて1万人超え(主催者発表)の人々が訪れた、盛大な告別式です。

式次第では読経の後に、野口五郎さんと郷ひろみさんの弔辞が読まれ、その後はハウス食品 代表取締役社長、ジャッキー・チェンさんサザンオールスターズさんからの弔電披露が行われました。

御三家と呼ばれた野口五郎さん、郷ひろみさんの弔辞

野口五郎さんの弔辞

「秀樹、君が突然去ってしまったことを知ってから何日が経っただろうか。
皆さんに、気持ちの整理がつくまで少し時間をください、そうお願いしたのだけど、どうやってこの現実を受け止めていいのか、いまだに君の言葉を、色んなことを思い出して泣いてばかりいる。
秀樹との46年間は簡単に語り切れるものではありません。こんな風に君への弔辞を読むなんて考えてもいなかった。」
そんな寂しさあふれる言葉の数々で始まった野口五郎さんの弔辞は、この後プライベートでも親交のあった2人のエピソードをいくつか披露しています。
また西城さんが復帰後、ぎりぎりの状態でコンサートで立っていた様子を話し、そのプロ根性に「すごい奴だ」と驚いたことも話されました。
最後は「秀樹、お疲れさま。そして、ありがとう。もうリハビリしなくていいからね。もうがんばらなくていいから。
君のかわいい子供たち、家族をいつも見守ってあげてほしい。そして、お前の思うラブソングを天国で極めてくれ。
秀樹、お疲れさま。そして、ありがとう。」と締めくくりました。

郷ひろみさんの弔辞

「これが僕から秀樹に送る最初で最後の手紙になります。」と読み始めた郷ひろみさん。
「あるとき、秀樹が40度近い高熱が出たにもかかわらずステージを務め、最後は倒れるように歌を歌い上げた。
本当にファンの人のことをまず大事に考えて、自分の人生をダイナミックに生きる人なんだなって痛感しました。」
と郷さんも、西城さんのプロとしての姿勢を披露します。

「僕は秀樹のことを兄貴というふうに思っていました。というか、まず最初にデビューした五郎が長男で、秀樹が次男、僕が三男。その思いは今でも変わっていません。
これからも秀樹の背中を見て、心の中でそう思って、ずっと歌を歌い続けていきたいと思っています。
今まで本当にありがとう。そして安らかに眠ってください。」とその死を悼みました。

急遽、式場の外で行われた喪主挨拶、そして出棺

焼香が終わり、出棺に先立って「花入れの儀」が執り行われました。
喪主や親族などの故人に近い人から順番に、棺へ「別れ花」を入れて、ご遺体のまわりに花を添えていく儀式です。
西城さんの棺の中には、花だけではなくご家族の写真とご家族からの手紙、次男が贈った帽子、そして西城さんが大好きだったゴルフをプレーする際の愛用していた手袋が入れられたそうです。

式場の中で予定されていた喪主挨拶ですが、集まった多くの人々に感謝を伝えたいという喪主の意向で急遽、外で行われました。
喪主の妻・美紀さんは
「どうか秀樹さんを忘れないでいてください。これからは残る3人の子供たちとがんばってまいります。
本日はどうもありがとうございました。」と気丈に語りました。

出棺では、棺の先頭に野口五郎さん、そしてお子さまたちなど近親者によって車に運ばれました。
集まったファンから、アンコールを求めるヒデキコールが起こり、それに応えて「青春に賭けよう」の歌が流れ、参列者達が熱唱。
さらに続いて代表曲「ヤングマン (Y.M.C.A.)」も。涙を拭きながらY.M.C.Aの振りを踊るファンもいらっしゃいました。
そして西城秀樹さんを乗せた車が出発すると、沿道を埋め尽くしていた人々が西城さんを乗せて火葬場へ向かう車に、手を振り続けていました。

主な参列者

野口五郎、郷ひろみ、薬丸裕英、小林亜星、山田邦子、萬田久子、和田アキ子、五木ひろし、天童よしみ、梅沢富美男、松崎しげる、森昌子、八代亜紀、岸本加世子、浅田美代子、辺見マリ、研ナオコ、山本リンダ、榊原郁恵、早見優、森口博子、岩崎宏美、岩崎良美、増田惠子、荻野目洋子、今陽子、小川知子、石橋貴明、河村隆一、西川貴教、清水アキラ、寺田恵子、江木俊夫、生島ヒロシ、鈴木杏樹、西田ひかる、藤原紀香、松本明子、神田うの、角川博、ハイヒールリンゴ、池乃めだか、尾藤イサオ、テリー伊藤、青木功、丸山茂樹、辰吉丈一郎、中野浩一・NAOMI夫妻(順不同、敬称略)

ファン向けの祭壇はアメリカ国旗のモチーフ

多くのファンのための祭壇も設置されました。
アメリカの国旗をイメージさせるデザインで、51本の小さなバラに、中央の大きな白いバラ。
この白いバラが西城秀樹さんを表しているそうです。

在りし日を偲ぶ会葬御礼

西城秀樹さんの告別式では、その会葬御礼の品々も話題になりました。
2014年のコンサート写真が入った「西城秀樹さんありがとうポストカード」、そしてハウス食品のバーモントカレーが、箱で甘口と中辛が用意されて、関係者が配布していました。
また西城秀樹さんの還暦記念アルバム「心響-KODOU-」のCDやDVDも、訪れた方にお渡しされていました。

モラルが問題視された会葬御礼品の転売

会葬御礼の「西城秀樹さんありがとうポストカード」は、2日間で2万枚配布されたそうです。
開始数時間前から多くのファンが列を作っていたといいます。
しかし、お葬式の翌日からオークションサイトなどで、このポストカードやCD、バーモントカレーなどの会葬御礼の品々が転売されていることがわかり、そのモラルが問題視されました。
お清めの塩や会葬御礼状とともに「お別れの会」セットとして、複数のセットを販売している人もいて、インターネット上では「何をしに行ったんだ!」「ファンじゃない」と非難の声が多く上がりました。

まとめ

最近の芸能人の傾向として、通夜・葬儀は「家族葬」で静かに、告別式またはお別れの会を盛大に行うという形が多くみられます。
そのなかで、お通夜から青山葬儀所で数千人規模で行われるという西城秀樹さんのお葬式スタイルは破格でした。
亡くなる前の十数年は西城さんにとって過酷な闘病の日々だったようです。
しかし最後は、新御三家の一人としての輝く姿を人々に思い起こさせる素晴らしいお葬式で、昭和から平成を駆け抜けたスーパースターにふさわしいものでした。
心より西城秀樹さんのご冥福をお祈り申し上げます。

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